013-004/舟木一夫「修学旅行」

 1963年の舟木一夫「修学旅行」は舟木の二つめのA面曲だったように記憶する。第一は「高校三年生」、第三は「学園広場」。
 中学一年生のときだったが、「空気」のように、この歌にもなじんだ。<学園・青春歌謡曲>の一つで、近い将来の「青春」時代の到来を夢みて、あるいは少なくとも漠然と期待して、いたのだろう。
 ここには「クラス友達」という、いつ頃からか見聞きすることがなくなった言葉が当たり前のように使われている。修学旅行をする「若い僕ら」という言葉にも、当時はまったく違和感がなかった。
 のちに、さだまさしの<修学旅行>を唄った曲を知った。歌ともいえないような、おふざけの曲だが、さだが経験したのかもしれない、さだの時代の修学旅行(たぶん高校だろう)の雰囲気を感じさせる。また、とくに印象に残ったのは、各番の最後に、舟木一夫「修学旅行」の最後のフレーズ「…修学旅行」の部分の旋律をそのまま真似た、あるいはパロディふうにほとんどそのままコピーしたようなメロディが使われていることだ。さだまさしは、あえてそれを意図したのではないか。著作権うんぬんを言っているわけではまったくない。
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 舟木一夫「修学旅行」(作詞・丘灯至夫、作曲・遠藤実、1963年)
 一 二度とかえらぬ 思い出のせて クラス友達 肩よせあえば
   ベルが鳴る鳴る プラットホーム ラン ラン ラン 
   汽車はゆく 汽車はゆく はるばると はるばると
   若いぼくらの 修学旅行
 二 地図をひろげて 夢見た町を 僕のカメラで 撮した君を
   思い出すだろ いついつまでも ラン ラン ラン 
   汽車はゆく 汽車はゆく ひとすじに ひとすじに
   若いぼくらの 修学旅行
 三 霧の港に 湖畔の宿に 名残りつきない 手と手を振れば
   あとを追うよな 小鳥の群れよ ラン ラン ラン 
   汽車はゆく 汽車はゆく さようなら さようなら
   若いぼくらの 修学旅行

 さだまさし「昨日・京・奈良、飛鳥・明後日。」(作詞+作曲・さだまさし、1989年)
 一 駅前旅館をバスが出たのは八時五分 これからわしらは修学旅行の第二日
  794うぐいす平安京から大化の改新へ 半分寝ながら向かっているところ
  プレイボーイの山下がガイドにべたついて 週番の広田はビニール袋に蒼い顔
   坂元たちは夕べのぞいた女風呂談義 誰の乳がでかいの小さいの
   春日大社に興福寺 誰かが歌った東大寺
   柱の穴がくぐれずに秋田が静かに落ち込んだ
   鹿せんべいを食った奴 こそこそ土産を選ぶ奴
   ひたすら眠りこける奴 ため息ばかりついてる奴
   昨日 京 奈良 飛鳥 明後日〔あさって〕 青春は青空なのぢゃ
   あゝ 美しき思い出の 修学旅行
 二 昨日京都で謎を見た 女は一人じゃ便所へゆけぬ
   ブラシ持っては金閣寺 しゃべり続けて銀閣寺
   八瀬の大食い食べ続けては 京都大腹三千人 おそらく生涯治らぬことだろう
   クラス委員の福田と野原に怪しい噂 記念写真に隣同士で必ず写っとる
   立山の奴が今夜井上に告白するから わしはそのシナリオ書きにまっこと忙しい
   龍馬に中岡慎太郎 舞妓に月形半平太
   わしの相手が見つからぬ 人の世話ばかりじゃ身がもたぬ
   姉三六角蛸錦 四条五条の橋の上 わしが独りで見栄を切る 弁慶すらも現れぬ
   昨日 京 奈良 飛鳥 明後日 青春は孤独なのぢゃ
   あゝ 美しき思い出の 修学旅行
 三 宅間の酒が見つかって男は連帯責任と全員正座の腹いせに あいつ後ほど布団蒸し
   いつか笑えるときが来る ふと懐かしむときが来る
   そんなこんなで日が暮れて ああだこうだで明日が来る
   昨日 京 奈良 飛鳥 明後日 青春はときめきなのぢゃ
   あゝ 美しき思い出の 修学旅行 修学旅行 修学旅行 ……
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by aoyamarei | 2015-04-09 18:00 | 阿木
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